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第21回 チャリの旅の一休み?! <高知~松山>

 高知の物部川の橋の下で眠った次の日の朝は早く、起きて何も食べず、前日 通過した高知空港に向かった。
 飛行機に乗り、ゼミ合宿の宿泊先の伊豆に向かうため、朝早く東京に着いて いる必要があった。愛用のチャリを空港の駐車場に置いて、荷物をまとめカウ ンターに向かった。もちろん、スカイメイトを使い、朝一便の羽田行きのチケ ットを安く購入した。
 ゼミの仲間へのお土産(芋けんぴ)を空港で買い、飛行機に乗った。
1時間ちょっとで羽田に着いたがチャリがないだけに何か物足りない気がした。 ゼミ合宿の会場は、伊豆の伊東だったので、電車に乗り伊東に向かった。
 伊東で仲間と合流したが、やっぱりみんな「焼けたね~」の一言。相変わら ず、みんなも元気なようだった。

 合宿は、2泊3日。勉強が目的だったが、宿の温泉やおいしい料理で、すっか りいい息抜きになった。もちろん布団で寝たのだから、体には十分な薬になっ た。

 2泊3日の合宿もあっと言う間に終わり、最終日、仲間に羽田まで車で送って もらい、飛行機で再びチャリの待つ高知に向かった。飛行機は高知行きの最終 便であったので、高知に着いた時には、もうあたりは暗くなっていた。駐車場 に停めていたチャリも無事で、3日前に暗いながらも走った道をまた走り、再 び、物部川橋で一夜を過した。

 翌日、布団から寝袋に戻ったので寝つきが悪く寝坊気味だったが、気合で起 きた。
 南国からは再び、国道55号線を東に走った。安芸を過ぎ、室戸岬に向かった。 室戸岬まではほとんど平らの道で、海も見ながらの余裕があった。  室戸岬でちょっと休憩した後、今度は北西に向かい走った。この日の道は、 特にアップダウンがなかったので、すんなり距離を稼げた。夕方前にはこの日 の目標地日和佐に着いた。

 日和佐に着いてからは、テントを張れそうな場所を探すため、地元に人に尋 ねたら、お遍路さんをはじめ旅人に泊まれる場所を開放しているところがある と聞き、その場所を尋ねてみた。行ってみると、一軒の料理屋さんで、駐車場 には1台の古いバスが置いてあった。お店の人に恐る恐る尋ねてみると、この ご主人が、駐車場のバスを改造し、簡易宿にしてお遍路さんや遠くから日和佐 のまちに来る旅人に開放しているとのこと。日和佐のまちには、四国88ヶ所の 札所の1つ薬王寺があるため、お遍路さんの姿が絶えることがないまちで有名 なようだ。早速、ご主人に事情を話したら、快くこのバスに泊まっていってく れと、返事をいただいた。
 宿がどうにかなったところで、近くの銭湯に行った。お風呂に入り、バスに 戻り残っていたパンで夕食を食べようとした時、お店のご主人が差し入れで、 お店の料理を持ってきてくれた。本当にありがたかった。ご主人の旅人思いの 温かさが身にしみてうれしかった。
 私のほかこのバスには、男のお遍路さん一人が泊まった。このお遍路さんの お話を聞いたり、私の旅の話をして夜は更けていった。

 翌朝、いっしょしたお遍路さんは、すでに出発していたようで、すっかり寝 坊気味で、ご主人に挨拶をして、出発した。
 日和佐から、さらに国道55号線を北上し、徳島方面へ向かった。
朝は曇り空だったが、阿南を過ぎ徳島に着いたころから、雨が降り始めた。徳 島のまちで何か観光をしようかと思ったが、特に思い当たるものがなく、その まま、徳島のまちを通過した。

 徳島からは国道11号線に乗り換え、鳴門海峡の大鳴門橋を横目に見ながら、 今度は四国を西に向かった。雨が結局止まないまま、高松に着いた。高松では、 栗林公園で泊まろうと思ったが、どうやらテントを張ることが無理とわかり諦 めた。結局、この日は雨がしのげるまちの集会場の軒先でテントを張った。

 翌朝、すっかり雨は止んでいた。起きて朝食がなかったので、朝早くテント を片付け、少し走ってからパンで朝食をとった。
 朝食後、ペダルがかなり重く感じていたので、後輪を見たら、空気が半分く らい抜けていた。どうやら、タイヤに小さな穴が開き少しづつ空気が抜けてい たようだ。本当は直しておくべきだが、めんどくさかったので、空気入れで空 気を入れただけで済まし、先を急いだ。
 後輪を気にしながらもどうにか、琴平に着いた。琴平のまちには、「こんぴ らさん」こと金倒刀比羅宮がある。私はこの「こんぴらさん」にお参りするた めに寄ったのだ。金倒刀比羅宮への入口でチャリを置き、本宮への階段を登っ た。この階段、うわさには聞いていたが、結構段数があった。1,000段以上は あっただろうか・・・。でも、意外に疲れず、一気に本宮に着いた。本宮から は瀬戸大橋が見えたのには、感動した。

 「こんぴらさん」にお参りをした後、30分かけ登った階段を10分ちょっとで 降り、再び自転車に乗った。後輪を気にしながら出発。途中、四国では本場の 讃岐うどんを一度食べたいと思っていたので、香川県の端っこの豊浜の食堂に 入り、うどん定食を食べた。手打ちでこしがあり、てんぷらも付いてきた。な かなかうまく、小樽以来のうどんは格別だった。

 うどんをお腹いっぱい食べ、松山までの残り約100kmを5時間で走ることにし た。途中、土居と西条で休み、西条から松山までの道が辛く、松山市内に入っ てから、疲れがどっと出た。ペダルがやたらと重く感じた。松山の中心部に入 ってからは、真っ先に道後温泉に向かった。温泉というからには、温泉宿が何 件かあるのかと思いきや、この「道後温泉」1軒のみであった。温泉は、種類 がいくつかあったが、一番安い階下のお風呂に入った。お風呂上りに、温泉内 にあるよく夏目漱石が使ったと言われている坊ちゃんの間を見学した。

 この日は、温泉のすぐ近くにある道後公園でテントを張り、一夜を過した。
松山からは、四国を離れ再び本州に上陸することとなる。

●52日目 9/14(月)、晴れ、走行距離?(未記録。実際は+5km?)
 南国・高知空港(高知県)⇒羽田空港(東京都)+++伊東(静岡県)
●53日目 9/15(火)晴れのち雨、走行距離0km
 *大学のゼミ合宿のため、伊豆の宿で一休み(ちゃんと勉強もしてました)
●54日目 9/16(水)、晴れ、走行距離?(未記録。実際は+5km?)
 伊東(静岡県)―羽田空港(東京都)⇒高知空港・南国(高知県)
●55日目 9/17(木)、晴れ、走行距離?(未記録。実際は+160km?)
 南国(高知県)→安芸(高知県)→室戸岬(高知県)→日和佐(徳島県)
●56日目 9/18(金)、曇りのち雨、走行距離?(未記録。実際は+140km?)
 日和佐(徳島県)→阿南(徳島県)→徳島(徳島県)→鳴門(徳島県)→
 高松(香川県)
●57日目 9/19(土)、晴れ、走行距離?(未記録。実際は+160km?)
 高松(香川県)→琴平(香川県)→伊予三島(愛媛県)→西条(愛媛県)→
 松山(愛媛県)
  ⇒ここまでの走行距離4238.8km(メーター壊れなどで、実際は+770km?)


<第22回へつづく・・・>

クリックすると拡大地図が出ます

9/14~9/19のルート地図(クリックすると拡大された地図が出ます)


こんぴらさんからの眺め(香川県琴平市、1998年9月19日) 道後温泉坊ちゃんの間にて(愛媛県松山市、1998年9月19日)

こんぴらさんからの眺め<左>と道後温泉坊ちゃんの間にて<右>(琴平、松山)

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